2008年7月 6日 (日)

馬郡氏「地獄の入り口」で作家デビュー。星新一の再来か!?

Rimg3454 馬郡博行氏がいよいよ作家デビュー。著作名は「地獄の入り口~自虐の男」。文芸社から近々首都圏を中心に発売され、全国展開となる予定だ。

作者本人はまったく意識していないと思うが、星新一の切り開いたジャンルのひとつが、いきなり新たにズドーンと300階建ての超高層ビルとして立ち上がったような感覚だ。馬郡氏自ら書き上げた絵の色もタッチも、なにか印刷物を超越した鮮烈なインパクトを持っている。「閻魔大王の前に現れた、その男。他人も自分もいたぶるのが快感だという・・・。この男に地獄の快楽を与えるべきか、それとも極楽の苦しみを与えるべきか。」と、本の帯にあったが、まさに想像を超えた展開がそこにあった。次作が待たれる!

氏は若くして鉄工所の経営者となり、その後大手都市ガスに転進。商品開発・営業から、新規事業の立ち上げなど数々の実績を築き上げた。その仕事ぶりは実に発想豊かで多彩、まさに鬼才というべき人物だ。また、詩吟や絵画にも造詣が深い。バック・トゥ・ザ・フューチャーの発明家ドクを思わせる雰囲気と行動力を持ち、まさに『創造力の塊』といった感がある。

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2008年2月14日 (木)

新訳 「カラマーゾフの兄弟」を読む。

Photo ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」の新訳が大評判だという話を、新聞か何かで見て以来すごく気になっていた。実はこの本、中学時代に一度、高校時代に一度、第一巻で早々と断念しているからだ。その後、多くの著名人が「必読の書」として推薦しているのを見るその度に、「やり残した宿題」を指摘されているような気分を味わったきた。

1月下旬から読み始めてようやく第5巻「エピローグ」まで読み通すことができた。大きなテーマを提示している第2巻を越えると、あとはかなり順調に進んだ。この本を読みきった後の充実感や達成感は、「カラマーゾフの兄弟」がひとつの物語でありながら非常に多くのテーマを含んだものとなっているところにあるのだろう。

フョードル、ミーチャ、イワン、アリョーシャ、スメルジャコフ、グルシェーニカ、カテリーナ、リーザ、イリューシャ、スネギリョフ、コーリャなど登場する人物が極めて特徴的だ。どの人も十分に心理学者や精神科医の研究対象となれるほどである。この非常に濃い人たちと実際にお付き合いすることと比べたら、ストレス社会で日々メンタルヘルスの危機に脅かせられていても淡々と過ごせる気がしてくるから不思議なものだ。

一方で、実は我々の脳のなかには、この物語の登場人物と同じ人格を持つ部屋があって、たまたま鍵がかかっているだけ、または道がついていないだけといった状態なのかもしれないと感じた。脳は3分の1も使われておらず、残りは閉じられたままなのだ。現代医学はかなりのところまで心(脳)の働きを解明しているようなので、薬や外科手術であらゆる性格を作り出したり、操作することができるようになるかもしれない・・・。

このカラマーゾフの新訳だがロシア語の名前の表記に始まり、色々と読者が途中で挫折しないように非常に工夫されているので、是非お薦めしたい。訳者は亀山郁夫氏。読んだ後もずっと長くお付き合いが続くことが確実な一冊だ。

光文社古典新訳文庫⇒ http://www.kotensinyaku.jp/books/book01.html

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2007年10月18日 (木)

バルタザール・グラシアンの「賢く生きる知恵」を読む。

紀伊国屋書店で以前に買ったグラシアンの「賢く生きる知恵」を読んだ。一見、権謀術数の手引き書のように見えるが、まっすぐ読んで実践するも良し、裏から読むも良し、斜めから読むも良しという一冊。原題は“The Art of  Worldly Wisdom”。17世紀にスペインで書かれた本書は、自分自身を高めながら、賢く生きるための実践書として、今に至るまで名声と人気を保ち続ける稀有な書である。『かのショーペンハウエルが「いつも座右に置くべき書であり、人生の友である。そして、1回通読しただけでは、まだまだ不十分であり、本書はじっくりと味わって読むべき書」と述べた』と本書の冒頭で紹介している。訳は野田恭子氏。発行はイースト・プレス。

同じ原作が齋藤 慎子氏の翻訳で、 ディスカヴァー・トゥエンティワンから 出版されている。書名は「賢者の知恵」。こちらの冒頭では、『哲学者フリードリッヒ・ニーチェは「ヨーロッパはいまだかつて、これほど精妙にして複雑な人生の道徳律を生んだことはなかった」と記して、またショーペンハウエルも「人生のよき手引書である」という言葉を残しています。そして現代においても、高名なテノール歌手であるルチアーノ・パバロッティが愛読書としてグラシアンの書を挙げているなど、欧米では今もマキヤベリ「君主論」と並ぶ不朽の名著として読み継がれているそうです。』と本書を紹介している。

この書を読むと「なるほど、これを実践している人がいるなあ」ということが理解できる別の効用もある。

The_art_of_worldly_wisdom

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2007年4月15日 (日)

オールド星新一ファン必読の書、最相葉月氏の最新作「星新一 1001話をつくった人」

Photo_39 中学1年のときであったか、とにかく夢中になって読んだ星新一。「ボッコちゃん」から始まって、毎月小遣いをもらうと順に文庫本から買い揃えていった。書店にあるものは全て読みつくしたように思う。今もいくつかの作品が強く記憶に残っている。特に「おーい でてこーい」は原発問題が発生するたびに、自然といつも思い出されてくる話だ。当時、それだけ衝撃を受けたのだろう。もうひとつ印象深かったのが、「人民は弱し、官吏は強し」だ。ぐいぐい引きつけられ、一気に読み、憤り、涙した。この時初めて、「官吏」という言葉と「星製薬」の存在を知った。

最相葉月氏の著作を読むのは2回目。「絶対音感」は一流音楽家や科学者300人以上に取材した名作だ。今回、新潮社から出たこの「星新一 1001話をつくった人」は、書店で見つけた瞬間に、「強い出会い」を感じた。葉月氏は膨大かつ緻密な取材を積み重ねる。そして、淡々とした文体ではあるがゆえに、よけいに胸に迫ってくるものがある。第12章「星新一、最後の一行となった。」というところでは不覚にもまたも涙した。また、驚いたこともひとつあった。星新一の長女の名が「ユリカ」だったことである。私の次女と同じ名だったのだ。

当時、星新一からスタートし筒井康隆、フレドリック・ブラウン、レイ・ブラッドベリなどへ広がっていったことを思い出す。「ボッコちゃん」は昭和33年(1958年)、星新一32歳(大正15年、1926年生)の時の作品。私が読んだ頃は、発表後15年経っていたが、最近に書かれたような鮮度であった。そして星新一はすでに47歳だった。

今、この「星新一 1001話をつくった人」を読了し、もう一度、星新一を読み返して見たいと思った。本屋へ足を運んだが、今も全巻ずらっと並んでいる。既に文庫の発行部数は3千万部を超え、不滅の作品となっているようだ。

詳細は新潮社サイト⇒ http://www.shinchosha.co.jp/book/459802/

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2007年4月 1日 (日)

祝!絵本「じゃまねこのレストラン」ご出版。

Photo_36 絵本作家のもりたかず氏から妻に楽しい絵でいっぱいの案内はがきが届いた。3月15日に新風舎から「じゃまねこのレストラン」という絵本を出版されたということだ。

もりたかず氏は昔から素晴らしい絵のセンスで、妻の似顔絵を可愛く(!?)描きあげるという「技」も抜群だった。

早速、西宮のジュンク堂さんで購入(ネット書店でも扱っている)。姪っ子に今度プレゼントしようと思う。きっとページを開くたびに驚き喜ぶことだろう。

本の詳細は出版社のサイトでご確認を。⇒ http://www.shinpusha.co.jp/cgi-bin/php2/data_more.php?more=978-4-289-00606-9

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2007年3月18日 (日)

「国家の品格」と藤原ファミリー。

Photo_35 藤原正彦著「国家の品格」を改めて読んだ。正彦氏の母である藤原てい著「流れる星は生きている」を読んで再度読みたくなったからだ。藤原てい氏の夫は映画「八甲田山」の原作「八甲田山死の彷徨」の新田次郎氏。氏は「強力伝」で直木賞、「武田信玄」などの執筆活動に吉川英治賞を受賞。気象官としては富士山気象レーダー建設を成功させ、NHKの「プロジェクトX~挑戦者たち」の第一回に取り上げられている。

ベストセラーである「国家の品格」が妻と知人の話題になり、そのあと「これも読まれたら・・・」と、その方に「流れる星は生きている」を貸していただいた。昭和24年に出版され大ベストセラーになり、当時大きな反響を呼んだようだ。中公文庫のカバー(表2)には「昭和20年8月9日ソ連参戦の日の夜 満州新京の観象台官舎-夫と引き裂かれた妻と愛児3人との言語に絶する脱出行がここから始まる。これは敗戦化の悲運によく耐えて生き抜いた苦難と愛情の厳粛な記録である。」と記されている。

「壮絶」という言葉がペラペラの軽さに感じられるほどの体験。率直な語り口とその当時の状況が目に前に蘇ってくる筆力。読み出してすぐにぐいぐいと引き込まれ、一日で読了した。てい氏が引き上げ後の死と隣り合わせの病床生活の中で、3人の子供への遺書として書いたものがもとになって、本となったものだ。あとがきに「彼らが人生の岐路に立った時、また苦しみのどん底に落ちた時、お前たちのお母さんは、そのような苦難の中を、歯を食いしばって生き抜いたのだということを教えてやりたかった。そして祈るような気持ちで書きつづけた。・・・この本だけは、たった一つの遺産として、彼らに生きる勇気を与えてくれるかもしれない。」とある。我が子等にも是非読んでもらいたいと感じた。

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2006年10月29日 (日)

200CD吹奏楽~名曲・名演について

今日、川西の紀伊国屋書店で立風書房発行「磯田健一郎編 200CD 吹奏楽 名曲・名演~魅惑のブラバン~」を見つけた。2004年の第4刷版である。私が所有しているのは1999年第1刷。この本は私の愛読書のひとつとなっているものだ。多くの人に吹奏楽ついて理解を深めていただくには最上の本だと思っているので、こうして継続して販売されているのは非常に喜ばしいことだ。

扉を開けると故フレドリック・フェネルの巻頭の辞。「はじめに」では、純粋に音楽鑑賞の対象として吹奏楽を捉えて吹奏楽作品を紹介するガイドブックである。」と宣言している。そして、巻頭エッセイは諸井幸生氏の「吹奏楽の悦楽」、インタビューは佐渡裕が語る《吹奏楽の喜び》、第1章「音楽史的に聴く吹奏楽」、第2章「戦後アメリカの吹奏楽作品」、第3章「戦後ヨーロッパの吹奏楽作品」、第4章「日本の吹奏楽作品」、第5章「吹奏楽団・演奏家を聴く」、あとはインタビューで須川展也、セルゲイ・ナカリャコフなど。コラムで構成されている。是非、一度手にとって見て欲しい本だ。

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2006年8月21日 (月)

大SF作家 田中哲弥氏ハヤカワ文庫復刊おめでとう。次期作品でのユーフォニアムの登場よろしくお願いします。

田中哲弥氏の紹介記事を17日朝日夕刊で拝見した。名作「やみなべの陰謀」がハヤカワ文庫で復刊し、第2弾「ミッションスクール」も登場している。早速、本町の紀伊国屋書店へ行ってみたら、本棚のゴールデンラインに表紙をこちらを向けて並べてあるではないか!これは大増刷の予感。SF作家大森望氏のあとがきには「とりあえずひとり3冊」お願いします・・・との支援要請があったが、ほかのお客様のことを考慮し1冊のみ購入。さっそく読んでみたら、テンポ感リズム感が抜群でどんどん引き込まれていってしまう作品。筒井康隆氏の「俗物図鑑」等の一群の作品と同種の「勢い」を感じた。なお、本を買った次の日の帰りは川西能勢口をうっかり通過し、雲雀丘からUターンすることに・・・。もう一冊の「ミッションスクール」は未来堂で妻が購入。

ところで、この「やみなべの陰謀」のなかには私にとって、懐かしいシーンがある。~『大村井君は学生会館と呼ばれる建物と、体育館の間の広場でトランペットを吹いていた。ここはブラスバンドにオーケストラに軽音楽部といった鳴りもの関係の連中がたまるところで、大村井君だけでなくあっちこっちでラッパがプープー、ドラムがドンチャカ、笛がピーピー、詩吟部がむずえーとかなんとか、放送部があーあー、応援団がちわーちわー、うるさいことこのうえない。」・・・「今日は気分がええから、さっきハイデー思いっきり出したったら、ブラバンのやつらがびびってこっち見とったわ。はは」自慢らしいがなんのことかわからない。「ブラバンのやつら」がびびったのはその「思いっきりハイデー」ではなく大村井君の姿だったのではないか。』~ 私の母校の 旧・学館前(学生会館をガッカンと呼んでいた)の風景が久しぶりに蘇った。

7年に一度しか執筆しないという噂の田中哲弥氏だが、是非近いうちにユーフォニアムの登場する新作をお願いいたします。UFOからタコ星人がユーフォを吹き吹き踊りながら現れるのも・・・もうなんでもOKです。とにかくユーフォニアムの認知度さえ向上すれば! とはいうものの、せっかくなのでEuphonium奏者は超弩級の美人で、ユーフォニアムのベルからはオーロラの如く音と光が溢れ出し、それに包まれたヒトが時空を超えた旅をする?といった幻想的な展開?となりますよう、謹んでお願い申し上げる次第です。 拝

田中哲弥氏ホームページ⇒ http://www.kh.rim.or.jp/~tezya/Index.html

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2006年8月12日 (土)

「楽隊のうさぎ」について。

「楽隊のうさぎ」を本のコーナーでご紹介した。懐かしい思いを感ずる一冊である。

私もこの本の主人公である克久と同様、高校のときに何の気なしに吹奏楽部の部室へ行き、なんとなく楽器が決まってしまった一人だ。あてがわれたユーフォニアムは、、いわゆる日管のくびながユーフォといわれる3本ピストンのバリトンで、三角形のベニヤ製木箱に入っているものだった。その楽器はまっ茶色でまったく光を発せず、金色に輝くトランペットを横目に少しもの悲しい気持ちだった。練習した後には、手と口が緑青で緑色になった。楽器を一生懸命クロスで吹いてもなかなか緑青を撲滅できず、病気になってはと心配した親が買ってくれたのが今あるYEP321Sである。(感謝)

大学の吹奏楽部では、入部当時パーカッションが人手不足で、一方ユーフォニアムは3人いたため、コンクールもパーカッションデビューとなった。課題曲は「南の島から」、自由曲は「Pacific Celebration Suite」で、トライアングル、シンバル、シロホンにグロッケン、タンバリンにタムタム、バスドラム云々とあれもこれもこなさねばならず必死であった。とはいえ、パーカッションの響きが微妙な一瞬の動作にこんなに影響をうけるのか!という奥深さを知ることにもなり、非常にいい経験であった。まったくのパーカッションど素人が全国大会の舞台に立ち、ある意味破壊力のある楽器を駆使するわけであるから、ユーフォニアムとは違うプレッシャーもあり、これもまたいい経験となった。

さて、この「楽隊のうさぎ」であるが、ユーフォニアム&奏者も何度か登場している。本文から抜粋してみた。

P114~窓から差し込んだ光で銀色のユーフォニウムが静かに光っている。~ P116 ~銀色に輝くユーフォニウムの向こうで、田中さんが校庭を眺めていた。~ P117 「なんで、こんなところにユーフォンが残っているんだ」大声の主は有木だった。ユーフォニウムが銀色に光っていた。ユーフォニウムは楽器ケースに収められて、市民ホールにもう運ばれていなければならなかった。「あ、それはミンミンが、ちょっと忘れ物をとりに行っているから」田中さんが答えた。「ミンミン?」有木が変な顔をする。「ミンミンじゃなくて、路村さんです」そうか、田中さんは路村さんを待っていたんだと克久が思った矢先に、当のミンミンがばたばた音楽室に飛び込んで来て、「たいへん、遅れる、急がなくちゃ」とユーフォニウムを楽器に収めた。~ P137~ユーフォニウムのミンミンが二人について行く。~ P316~ミンミンのスカートのヘムの糸が切れていたのである。~となっている。

最後の普門館のステージのシーンでは、課題曲「ラ・マルシェ」、自由曲「シバの女王」でのユーフォニアムのオブリガートやソロなどの活躍を期待したが、残念ながら願いはかなわなかった。まったく登場しない楽器もあるので、贅沢といわれるかもしれないが・・・。

是非次作、克久が高校の吹奏楽部で活躍する「続・楽隊のうさぎ」?では、もう少し活躍の場をユーフォニアムに頂戴したいと願っている。

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2006年7月30日 (日)

サミュエル・ウルマンの「青春」の詩は、まさに心のビタミンB1&サプリ、効きます!

自分の演奏に、仕事に、そして生き方に、「鮮度」や「エネルギー」が落ちてきたな、どうしたんだろう?・・・と思ったら、是非ご一読を。

「電車内で読めない本」のコーナーでご紹介しました。

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2006年7月15日 (土)

「電車内で読めない本」のコーナーを創設しました。

下記の理由で、電車内で読んではいけない本を独断で選びました。万一、当コーナーで推薦する本を電車内で読まれて、恥ずかしい思いや困った事態になっても責任はとれません! あらかじめご了承願います。(ユーフォニアムに関係ない本もご紹介しています。)

【第1分類】感動のあまり、または悲しみのあまり涙なしでは読めない本。
【第2分類】面白すぎて湧き上がる笑いをこらえることができない本。
【第3分類】つい熱中してしまい、降りる駅を乗り越してしまう可能性が高い本。

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